生徒インタビュー・4期生・伊藤 満さん(62歳)・千葉県千葉市在住

「ささやかで、穏やかな暮らし」を求めて

60歳を過ぎ、建築関係の会社の経営から身を引いた伊藤満さん。「引退後は妻と2人で、ささやかで、穏やかな暮らしを送れたらいいなと思っていました。それを実現するには農業かなと。インターネットで検索していると、たまたまチバニアン兼業農学校がヒットしたのです」と話す。ホームページを読み、平山校長が指摘する、戦争や食料難、日本経済の縮小、気候変動による災害、新型コロナウイルスのような感染症の流行など先行き不安な世の中において、家族が食べる米や野菜を少しでも自給することの大切さに改めて気づかされたそうだ。農地の取得や農家住宅の建設、各種補助金や自家消費による節約など農家になると得られるメリットも知り、「ここで一から農業を学んでみようかな」と入校を決めた。

とはいえ、農業はまったくの初心者。「『田んぼ? 畑? 何を栽培しますか?』と講師や同期生から尋ねられても即答できず、『自分に何ができるんだろう?』と自問自答している間に3か月が過ぎました」と伊藤さん。そんなとき、睦沢町の上之郷という地域で、何面かの田んぼを生徒が借りられることになった。「軽い気持ちで応募したら、抽選に当たりまして。ささやかで穏やかな暮らしを実現しようと考えていたのですが、耕作者証明書を取得し、農業者に一歩でも近づけるチャンスだと思い直し、田んぼと向き合うことにしました」。

1年契約で3反の田んぼを借りた伊藤さんは、同じく抽選に当たった4期生を中心とした「睦沢町稲作チーム」に入り、4月の田植えから稲作をスタートさせた。苗は学校と提携する「農事組合法人 睦的ファーム」が田植えをする生徒の分をJAからまとめて購入し、それを植えた。「田んぼの水の出し入れや畔の草刈り、睦沢特有のジャンボタニシの被害から稲を守る方法など仲間と相談しながら、田んぼの管理を一つひとつ学びました」と話す。

ただ、困ったことが起こった。いまさらだが、現代農業には機械が必要だということにみんなは気づいた。伊藤さんに限らず、稲作に挑戦した生徒たちは必要な機械をほとんど所有していなかったのだ。そこで、田起こしや、水を張った後に地面をならす代掻きの作業は、学校が所有するトラクターを借り、講師の松永義春さんが作業を代行してくれた。田植え機は、4期生の一人が中古の田植え機を購入し、それを仲間が1回5500円で借りて自分で行うというやり方で乗り切った。肥料はJAの組合員になっていた伊藤さんがまとめて購入し、4期生の一人が購入した肥料撒き機を借りて撒くなどした。

そんなふうに、仲間どうしで機械を貸し借りしながら稲作を進めていったが、最大の難関が訪れた。稲刈りを含めた収穫の機械が必要になったのだ。通常、収穫にはコンバイン(稲刈りと脱穀を同時に行う)、乾燥機(保管中に米がカビないよう乾燥させる)、籾すり機(籾をすり落として玄米にする)が必要だが、さすがにこれらの機械を持っている新規就農者はいない。伊藤さんは、「お世話になっている近隣農家さんが一式、持ってらっしゃったのでお願いして、使わせていただくことができました。もちろん、作業は手伝いました」と農家さんのサポートに感謝するが、そうした機械を手配できない仲間は、地域の農家で構成されるオペレーター組合やJAに依頼して収穫を行った。米はJAに買い取ってもらえるが、自分用に買い取る米は別の農家の米と混ざってしまうので、それは我慢しなければならなかった。

伊藤さんは米の販路も確保していたので、収穫した米のうち自分用を除いた1200キロの米をすべて予約販売できた。10キロ3000円で販売したそうだ。「お米をつくるのは想定外でしたが、楽しかったです。夫婦で食べるおいしいお米が1年分確保でき、年金+α(数万円)があれば、貯金に手を付けずに、ささやかで穏やかな暮らしが送れます」と、初めて尽くしの半年間を笑顔で振り返った。まさに、チバニアン兼業農学校が目指す「里山年金」としての米づくりを1年目から実践したのだ。

また、伊藤さんは、畔塗り(睦沢ではクロ塗り)という、田んぼの縁の畔を泥で固める作業が機械でできなかったため、3反分150メートルほどをクワを使って手作業で行ったそうだ。「体がボロボロになりながらやりました」と苦笑いする伊藤さん。通りがかった近隣農家さんからも、「畔塗りを手作業でする人なんて何十年ぶりに見たよ」と声をかけられた。けれども、一途に田んぼと向き合う伊藤さんの姿は近所で評判になり、「伊藤という人はよく頑張っている」と新米農家として認められていった。「褒めてくださってうれしかったです。僕は年金生活者なので2日に1回ほど、千葉市から睦沢に来られたので、顔と名前を覚えていただけたのでしょう。田んぼにしろ、畑にしろ、これから始める方は近隣農家さんとのコミュニケーションを大事にして、『その作業、何されているんですか?』と積極的に声をかけさせていただいたほうがいいと思います。親切に教えてくださいますから」と学校の後輩たちにアドバイスを送る。

2024年以降も米づくりを続けつつ、別の地域に1.6反500坪ほどの農地を購入する予定だという伊藤さん。農機具を保管できる倉庫を建て、作業スペース、休憩スペース、簡易な宿泊もできるような設備を整えようと考えている。「耕作に必要で、200平米以下なら届け出れば建てられることを農業委員会にも確認済です」とのこと。そこにはオリーブを100本植え、実や葉を収穫して加工、販売。余った畑に家族が食べる分程度の野菜を育てたいと意気込む。「農地の前には、心和む里山の風景が広がっています。まさに、第二の故郷。東京で仕事をしている子どもたちも遊びに来て、ゆっくりと過ごせる拠点にできれば幸せです」。

入学してわずか1年。「ささやかで、穏やかな暮らし」という伊藤さんの夢は、着実にかなえられようとしている。

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