農業は”定住者のもの”という常識が崩れる。移動する時代のAnywhere農業

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農業は”定住者のもの”という常識が崩れる。移動する時代のAnywhere農業

「農業をやるなら、どこかに定住しなければならない」
この考え方は、これまで当たり前の前提として語られてきました。農業は土地に根ざし、その地域に住み続けることで成立するものだと、多くの人が疑いなく受け入れてきたのです。実際に、農業は地域との関係性や継続的な管理を前提とするため、長い間「定住」が必要条件とされてきました。
新たな場所に就農をすると「この土地に骨を埋める」という表現もよく使います。しかし今、この前提が静かに、しかし確実に崩れ始めています。社会の構造や働き方が大きく変わる中で、人の生き方もまた変化しており、それに伴って農業のあり方そのものも見直される時代に入ってきています。
Somewhere族とAnywhere族という時代の構造

近年、アメリカでは「Somewhere族」と「Anywhere族」という概念が注目されています。Somewhere族とは特定の地域に根ざし、その土地の文化や共同体を重視して生きる人々を指し、Anywhere族とは場所に縛られず、どこでも生活や仕事を成立させることができる人々を指します。
この価値観の対立は社会や政治にも影響を与え、Somewhere族の支持を背景にトランプ政権が誕生したとも言われています。この構造は日本にも確実に存在しており、働き方や生き方の選択に大きな影響を与えています。
農業は”定住者の営み”として発展してきた

農業はこれまで、明確にSomewhere族の世界でした。農地に縛られ、地域の中で役割を持ち、長年の関係性の中で営まれる農業は、「そこに住み続けること」が前提となる典型的な営みだったのです。
そのため、都市部で働くサラリーマンにとって農業は非常に遠い存在でした。「いつか田舎に移住して農業をやりたい」と考える人は多くいますが、その”いつか”が実現することはほとんどありません。仕事や家族の事情により生活の拠点を簡単に動かすことはできず、将来どこに住むかも決めきれないまま時間だけが過ぎていきます。この状況の中で、農業は現実的な選択肢になり得なかったのです。
都市部の人ほど”Anywhere族”であるという現実

一方で、都市部で働く人々は非常に高い移動性を持っています。転勤や異動の可能性を抱え、地方出身者であればすでに移動経験があり、将来の居住地が確定していない人も少なくありません。
つまり彼らは本質的にAnywhere族であり、場所に縛られない生き方を前提とした人たちです。それにもかかわらず、従来の農業はそのような人々を受け入れる構造になっていませんでした。農業を始めるためには土地を確保し、そこに住み、地域に溶け込むことが必要とされてきたからです。この前提が、多くの人にとって農業を遠ざける最大の壁となっていました。
チバニアンが実践する”移動する農業”

こうした中で、チバニアン兼業農学校では新しい農業の形が実践されています。実際の生徒の中には、横浜でオリーブなどの果樹を育てながら、千葉県睦沢町で稲作を行うというように、複数の拠点を行き来しながら農業に関わっている人がいます。
またトレーニングファームを首都圏各所で運営していますが、一度属したファームから必要に応じ、より近い場所に移動したりする人も少なくありません。人生のステージにおいて、移動は避けられるものではなく、移動を前提とした就農でなければ、そもそも就農ができなかったという現実もあるのです。
50代管理職のTV局に勤める生徒は、元々地方出身、地方から千葉に転勤となり、近い将来に再度転勤になる可能性もあるようです。しかし先輩達の定年後の姿を見て、自分らしいあり方を求め、当校に入学しました。その理由は、当校が移動を前提としていること、そして移動した先でも就農できる技術習得を前提としていることだったようです。
従来の農業の常識から見れば非現実的に思えるこのスタイルが、現場ではしっかりと成立しています。これは単なる例外ではなく、「移動を前提とした農業」という新しいモデルの現れです。
ポット栽培が可能にする”Anywhere農業”

このモデルを支えている重要な要素の一つが、果樹のポット栽培です。ポット栽培は単なる栽培技術ではなく、どこに住むかが決まっていない人でも農業を始められるようにするための設計です。
地植えとは異なり、ポットで育てることで移動や配置変更が可能となり、管理の自由度も高まります。さらに、将来的に拠点が決まった際にはそのまま移植することもできるため、長期的な視点での農業にも対応できます。
この仕組みによって、「まずは始める」という選択が可能になります。これまで農業は、土地と居住地が確定していなければ始められないものでしたが、その前提自体が崩れ始めているのです。
“技術を先に持つ”という新しい就農戦略

さらに重要なのは、「どこでやるか」よりも「何ができるか」を先に持つという考え方です。
チバニアン兼業農学校では、薬草栽培のような収益性の高い作物の技術を身につけることを重視しています。薬草は比較的小面積でも収益化しやすく、加工や販売の工夫によって付加価値を高めることができる分野です。
このような技術を現役時代に習得しておくことで、将来どこに移動したとしても、その土地で農業を再現することが可能になります。場所が決まってから農業を始めるのではなく、「どこでもできる状態を先につくる」という発想です。
常駐しない農業という現実

農業は毎日現場にいなければならないというイメージがありますが、実際にはそうではありません。作業の効率化や地域との協力関係、さらには一部作業の委託などによって、常駐しない形でも成立します。
例えば稲作においては、水管理を地域に委託することで現地への訪問回数を大きく減らすことが可能です。果樹についても管理のタイミングが分散しているため、日常的な常駐は必須ではありません。
こうした仕組みにポット栽培のような可動性を組み合わせることで、「移動しながら続ける農業」が現実のものになります。
世代を超えて引き継げる農業へ

この「移動を前提とした農業」が持つもう一つの大きな価値は、次の世代への引き継ぎやすさにあります。
従来の農業では、子どもが農業を継ぐためには同じ場所に住み、同じ生活を選ぶ必要がありました。その結果、多くの家庭で農業は継承されず、担い手不足が進んできました。
しかしAnywhere農業では、その前提が変わります。子どもたちは自分のキャリアを維持したまま、兼業という形で農業に関わることができます。場所に縛られないため、無理に人生を農業に合わせる必要がありません。
さらに、果樹や薬草のように継続的に価値を生む作物は、長期的な収益源として機能します。これを分散的に運営することで、次世代は自らの仕事を持ちながら、農業の収益や資産としての価値だけを引き継ぐことが可能になります。
農業を「やらなければならない仕事」としてではなく、「持っていることで価値を生む資産」として継承できる点において、このモデルは従来の農業とは本質的に異なります。
Anywhere農業という新しい選択肢

これからの農業において重要なのは、「どこに住むか」ではなく「どう関わるか」です。会社員として働きながら農業に関わる人や、複数の地域に関係を持ちながら分散的に農業を実践する人が増えていくでしょう。
ポット栽培による可動性と、薬草栽培のような収益性の高い技術を組み合わせることで、「移動しても成立する農業」が現実になります。これは副業にとどまらず、将来的な収益基盤としても機能する新しい形です。
まとめ:農業は”移動する人”のものになる

農業はこれまで、人生をその土地に縛るものでした。しかしこれからは違います。移動しながら関わることができ、複数の場所と関係を持ち、ライフスタイルに合わせて形を変えることができる存在へと変わっていきます。
現役時代に技術を身につけ、移動可能な形で農業を持つことで、将来どこに住むことになっても農業を続けることができます。そしてそれは、自分自身だけでなく、次の世代にも引き継ぐことができる資産となります。
チバニアン兼業農学校が提案しているのは、まさにこの未来です。
「移動しながら農業をする」
この発想こそが、これからの時代の新しいスタンダードになっていくはずです。




