里山ビジネス
里山ビジネス
年末の農書交換でたまたま手に取った本書は、タイトルこそ「ビジネス」をうたっていますが、実際には筆者の生き方そのものが綴られた一冊でした。筆者は長野で小さなワイナリーをはじめ、大成功を収めたという経歴を持ち、その体験を物語のように紹介しています。読んでいて感じたのは、これがただの成功物語ではなく、里山や自然の豊かさに向き合う著者の思いが強く描かれているということ。近年、地方創生の取り組みや「半農半X」といったライフスタイルが注目を集めていますが、この本にもその一端を感じさせるエピソードがちりばめられていました。
とはいえ、ビジネスのノウハウをしっかり学びたいと思って読むと、やや肩すかしをくらうかもしれません。なぜなら、筆者自身が高学歴で元々ライターとして独立できる力を持ち、加えて情熱的かつ行動力も高いからこそ可能になったプロセスが中心に描かれているからです。一般の人が同じように実践できるかというと、決して無理とは言いませんが、難易度は高そうに感じます。再現性に乏しいという印象は否めません。
ただ、里山暮らしを通じて見えてくる原風景や、自然のゆったりとしたリズムに寄り添う生活への共感は、多くの人にとって「こういう世界があるんだ」という発見につながるでしょう。また、行き過ぎた資本主義への批判がはっきりと書かれている点も特徴的です。どうしても生産性や利益ばかり追い求めがちな現代社会に対して「もう少し足を止めて考えてみよう」というメッセージを感じ取りました。
実は、私自身が主宰する「チバニアン兼業農学校」でも、農家レストランをはじめようという計画が進んでいます。そういった「田舎で新しい挑戦をする」視点で読むと、里山ならではの知恵や地域とのつながり方など、参考になる部分もありました。特に地域の人たちとの信用関係づくりや、小さな成功を積み上げる大切さなどは、どんなビジネスにも通じるヒントだと思います。
一方で、「自分にもできる!」と強く背中を押してくれるような実践的ノウハウは少なく、あくまでも筆者の個人的な歩みが中心です。けれども、そうした個人のリアルな声を読むことで、新たなライフスタイルを模索するきっかけを得られるかもしれません。都市部から地方に移住してなにかを始めたいと思う人にとって、こういう成功事例もあるんだと知るだけでも勇気づけられるはずです。
里山の景色に心惹かれ、同時に何か事業を興したいと考える方には、立ち止まって考えるヒントがいくつも見つかる本だと思いました。筆者の人生観に共感できる人には特におすすめです。いっぽうで、明日からすぐ役立つマニュアルを求める方には、やや物足りないかもしれません。ただし、そこがかえって「里山ビジネス」という生き方の本質を伝えているようにも感じます。自然に寄り添う暮らしや、その地域でしか味わえない豊かさに思いを馳せる。そんな読み方をすれば、きっと何かしらの気づきが得られる一冊です。
本の概要
一番効率の悪い里山で、最も割に合わないビジネスが何故成功したのか?熊が徘徊する里山の森の一角に個人で立ち上げたワイナリーとレストラン。その道のプロの誰もが無謀だと断言した素人ビジネスが、何故客を呼び寄せ成功に導かれていったのか? ビジネス上の計算はなくとも、やりたいことのコンセプトは明快にあった。里山の自然の恵みとともにある仕事をやりながら暮らしを成り立たせる、それが里山ビジネス。拡大しないで持続する、愚直で偽りのない生活と共にあるビジネスとは? グローバリズムの嵐の中での日本人の生き方を問う一冊である。
著者情報
玉村 豊男(たまむら とよお)
一九四五年、東京生まれ。東京大学仏文科卒業。在学中にパリ大学言語学研究所に留学。「パリ 旅の雑学ノート」「料理の四面体」をはじめ、旅、料理、ライフスタイルなど幅広い分野で執筆活動を続ける。近著に「田舎暮らしができる人 できない人」(集英社新書)。九一年より長野県東部町(現・東御市)に移住。二〇〇四年「ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー」開設。画家としても活躍中。〇七年箱根に「玉村豊男ライフアートミュージアム」開館。