移住なしで始める田舎暮らしと農業

移住なしで始める田舎暮らしと農業

「いつか、田舎で暮らしたい」。そう思ったことはありませんか。満員電車の窓に映る自分の顔。休日のベランダで、もう少し広い土に触れたいと感じる瞬間。家計簿アプリで定年後を試算して、思わず手が止まる夜。実は、こう感じている50代のサラリーマンは、あなただけではありません。

ただ、現実を見渡すと足が止まります。住宅ローンはまだある。子どもの学費もかかる。妻には妻の仕事がある。親も歳をとってきた。つまり、動けないのです。そしてもうひとつ。「田舎暮らし」「就農」と検索すると、出てくる情報のほとんどが移住を前提にしています。家を借りて、住民票を移して、専業農家になる。そんな話ばかりが並ぶ。「自分には、無理だな」とブラウザを閉じる。このパターンを、何度繰り返してきたでしょうか。

ここで考え方を変えます。仕事をやめずに、家を売らずに、家族を動かさずに田舎と農業に足を踏み入れる道があります。私たちは、これを「兼業就農」と呼んでいます。私たちが定義する兼業就農とは、本業を続けながら、首都圏と田舎を行き来する二拠点生活の中で就農し、小さな農地で単価の高い作物を育て、それを定年後の収入の柱、すなわち「里山年金」につなげていく就農スタイルです。チバニアン兼業農学校では、この二拠点生活で就農できる仕組みを前提に学びを設計しており、これまで498名の方が入学し、288名の方が実際に就農にたどり着いています。最初の前提を変えれば、すべてが変わります。このコラムでは、7章にわたって、その具体的な道筋をお伝えしていきます。

第1章 なぜ「移住して農業」は失敗するのか

まず、はっきり言わせてください。50代サラリーマンが「移住して農業」を選ぶと、行き詰まる確率が高い。夢の話ではなく、現実の話です。

理由はシンプルです。移住は「農業を始めること」と「生活基盤を入れ替えること」を、同時にやろうとする選択だからです。農業そのものが、未経験者にとって大きな挑戦です。土づくり、作付け計画、病害虫対策、販路の確保。覚えることは山のようにあります。そこに、住む場所を変えるという挑戦が重なる。さらに、収入源を専業に切り替えるという挑戦が重なる。3つの変化を同時に背負って、続くわけがありません。

ある50代の方の話をします。大手メーカーで管理職を務めていた方が、55歳で早期退職を決断しました。退職金から1500万円で房総南端の古民家を買い、300万円で農機具を揃え、半年間の研修を経て専業農家としてスタートを切った。妻と大学生の子どもは、東京の家に残ったままです。最初の1年は、よかったそうです。ところが2年目から、雲行きが怪しくなる。手をかけた野菜は、直売所に並べても他の生産者の半額でしか売れない。近所付き合いは想像以上に濃く、平日の昼間から地域の会合に呼び出される。週末に妻が来ても、片付かない庭と疲れた夫の顔を見て、足が遠のいていく。3年目には貯金が目減りし始め、4年目に心が折れました。今は、東京に戻り、再就職活動を始めています。

このパターンは、決して珍しくありません。退路を断ったはずが、退路を断ったがゆえに、追い詰められていく。これが、移住型就農の構造的な弱点です。

ここで一度、自分に問い直してみてください。50代のあなたが本当に欲しいものは、何でしょうか。田舎の暮らし。土を触る時間。定年後の収入の柱。平日とは違う顔の自分が立てる場所。これらを手に入れるために、本当に移住が必要でしょうか。答えは、ノーです。夢を叶えるために、生活を壊す必要はありません。「移住して農業」は、守るものが多い50代にとって、リスクが大きすぎる。だからこそ、別の道を選びます。それが、次章でお話しする「二拠点生活」という第三の選択肢です。

第2章 「二拠点生活」という第三の選択肢

50代サラリーマンが田舎暮らしと農業を始めるなら、答えは「二拠点生活」です。移住でもなく、諦めるでもない。首都圏の自宅を本拠地に置きながら、田舎にもう一つの拠点を持つ。畑があり、農作業を通じた地域とのつながりがあり、平日とは違う時間が流れる場所。それを、生活ごと丸ごと入れ替えずに手に入れる。これが第三の選択肢です。

なぜ、二拠点なのか。理由は、リスクと得たいもののバランスにあります。本業の収入を失わない。家族の生活を動かさない。住宅ローンも、子どもの学校も、親の介護も、これまで通りに続けられます。それでいて、田舎の空気を吸える。土に触れる。小さな畑で、自分の作物を育てられる。守るものを守りながら、欲しいものを少しずつ手に入れる。これが、二拠点生活の本質です。

東京・千葉・神奈川あたりに住む方が、日帰りで通える距離に小さな畑を借りる。平日は都心のオフィスで働き、土曜の朝に車で畑へ向かう。昼までに作業を済ませ、直売所に寄って、夕方には家に戻る。月に2回、それくらいのペースから始める方が多いのです。繁忙期は月3〜4回。慣れてくると、ゲストハウスや空き家を季節ごとに借りて、金曜の夜から日曜まで田舎で過ごす、という形に育てていく方もいます。

二拠点で過ごすたびに、頭の中のスイッチが切り替わります。平日のスーツと満員電車。週末の長靴と土の匂い。この往復が、平日の疲れを抜いてくれます。365日田舎にいると、田舎は「日常」になる。日常になれば、特別ではなくなります。ところが二拠点であれば、田舎は常に「非日常」のまま残る。だからこそ、続くのです。

もうひとつ大事な点があります。二拠点なら、失敗してもやり直せます。畑が合わなければ、別の場所を借りればいい。本業も家も家族も、そこにあります。退路があるからこそ、思い切って踏み出せる。二拠点生活は決して妥協ではなく、最も合理的な答えです。ではその「通える距離」とは、具体的にどのくらいなのか。次章でお話しします。

第3章 首都圏から「通える」エリアの選び方

通えるエリアの目安は、自宅から片道2時間以内。できれば、1時間半以内が理想です。それ以上遠いと、まず続きません。

理由は、往復の負担にあります。片道2時間を超えると、現地で動ける時間より移動時間のほうが長くなる場面が出てくる。日帰りが厳しくなり、宿泊前提になる。費用も時間も膨らみ、足が遠のいていきます。1時間半以内であれば、土曜の朝8時に出ても、午前のうちに畑に立てる。夕方には家に戻り、日曜は完全に休める。この余白が、続けるための条件です。

東京・神奈川・千葉・埼玉に住む方であれば、候補は意外と多いのです。千葉県の房総半島中央部や、市原・大多喜あたりは、首都圏から1時間半圏内に収まります。茨城県の県南エリア、神奈川県西部、山梨県東部、栃木県南部も、ルートを工夫すれば2時間以内です。高速道路や特急電車のアクセスを地図上で確認しながら、現実的な候補地を絞っていきます。

ここで一つ、見落としがちな視点があります。「景色の美しさ」より「通いやすさ」を優先することです。憧れの土地は、たいてい遠い。遠い土地は、続かない。続かなければ、農業にはなりません。最初の畑は、近さで選ぶ。これが鉄則です。エリアが決まったら、次は畑そのもの。ただし、いきなり「買う」のは違います。

第4章 小さく始める農地の確保

最初の農地は、買わない。借りさせてもらうところから始めます。

理由は、リスクと手続きの重さにあります。農地は、普通の土地とは違います。売買にも貸借にも、農地法という法律が絡む。個人で農地を取得するのは、ハードルが高い世界です。それに、買ってしまえば後戻りができません。最初に大きく踏み込むほど、失敗したときの痛手も大きくなります。

もうひとつ、見落とされがちな問題があります。所有してしまった農地は、将来の「負動産」になりかねません。耕作をやめても、固定資産税はかかり続け、草刈りなどの管理義務も残ります。さらに深刻なのが、相続問題です。あなたが手をかけた畑も、子ども世代にとっては「使えない、売れない、捨てられない」厄介な資産になることがある。所有は、自分一代の話では終わらないのです。

借りさせてもらう形であれば、これらの重荷はすべて回避できます。通いやすい選択肢は、3つあります。ひとつ目は、市民農園やシェア畑。都市近郊にあり、月数千円から借りられる。道具も水道も揃っていて、手ぶらで通えます。通勤の延長で始めたい方に向いています。ふたつ目は、農の学校や体験農園。プロの指導を受けながら、実習地で本格的な農作業を学べる。チバニアン兼業農学校も、この形です。二拠点生活で就農できる仕組みを前提に、農地の借り方・地域との関わり方・販路の作り方まで、まとめて学べる場として設計されています。みっつ目は、自治体の体験プログラム。週末だけ畑を使える仕組みが、各地に増えています。まずは1日だけ試したい方の入り口になります。

共通するのは「所有しなくていい」こと。最初の1〜2年は、こうした場所で経験を積む。自分に合うのか、続けられるのか。それを見極めてから、本格的な農地を考える。これで十分です。畑が決まれば、いよいよ実際の生活が動き始めます。平日と週末を、どう組み立てればいいのか。

第5章 平日サラリーマン、週末農家の1週間

兼業就農の1週間は「平日5日+週末1日」で十分回ります。土日のうち、畑に出るのは1日だけ。これが現実的なペースです。

ここで重要なのは「週1回で回る作物を、最初から選ぶ」ことです。野菜の中には、毎日の水やりや細かな管理が前提のものもあります。それを選んでしまうと、平日に行けないことが、そのまま失敗の原因になる。逆に、果樹や薬用作物、米のように、週1回のリズムで成り立つ作物を選べば、平日は本業に集中できます。作物選びと生活設計は、表裏一体なのです。

ある50代の方の1週間を覗いてみます。月曜から金曜は、これまで通り都内で勤務。通勤電車の中で、週末の作業段取りをスマホにメモする。今週は何を植え、何を収穫し、何を片付けるか。土曜の早朝、車で畑へ向かう。午前9時には到着し、3〜4時間ほど作業。収穫があれば、地元の直売所に寄って納品し、昼過ぎには切り上げる。午後3時には、家に戻っています。日曜は、家族と過ごす。ゆっくり休んで、月曜に備える。

繁忙期、つまり植え付けや収穫が重なる時期だけは、月に1〜2回、日曜も畑に出る。閑散期は、週1回のペースを守れば、畑は問題なく回ります。ひとつ意識したいのは、平日に「畑のことを考えすぎない」こと。本業は本業、畑は畑。切り分けるから、両方が続きます。週1日、土曜だけ。これで、兼業農家として十分に成り立ちます。ただ、ここで気になる方が出てきます。「週1日で、本当に稼げるのか」と。

第6章 兼業だからこそ目指せる「稼ぐ農業」

実は、兼業のほうが稼ぐ農業に向いています。専業より、むしろ有利なのです。理由は、本業の収入という「土台」があるからです。

専業農家は、その年の売上で生活費を稼がなければなりません。だから、確実に売れる作物を、大量に作る必要がある。価格競争に巻き込まれ、薄利多売になりやすい構造です。ところが、兼業には本業があります。生活費は給料で賄える。畑の売上は、まるごと上乗せの収入です。つまり、「儲けが少ない作物」は避けられる。「単価が高く、少量で利益が出る作物」を選べる。これが、兼業の最大の強みです。

少ない面積でも収益を生みやすいのが、果樹と薬用作物です。オリーブは、一度植えれば10年、20年と実をつける。日本ではまだ生産量が少なく、国産のニーズが伸びています。ブルーベリーは、摘み取り園として開けば、収穫まで人にやってもらえる。労働の一番重い部分を、お客さんが楽しんで引き受けてくれる作物です。薬用作物は、製薬会社や漢方メーカーと契約すれば、引き取り先が先に決まる。売れ残るリスクが、ほぼありません。そして、フィンガーライム。キャビアライムとも呼ばれる、粒状の果肉が宝石のように弾ける高級果実です。都内の高級レストランや寿司店では、1キロあたり数千円から1万円超の単価で取引されます。

こうした作物に共通するのは「単価が高く、少量で成り立つ」こと。そして、週1回の畑作業で回せること。兼業の生活リズムと、無理なく噛み合います。逆に、白菜やキャベツのような重量野菜は、兼業には向きません。広い面積と機械が必要で、単価も低い。これは専業のフィールドです。

ただ、ひとつ補足させてください。「米はどうなんだ」と思った方もいらっしゃるかもしれません。意外に思われるかもしれませんが、米は兼業と相性がいい作物です。農水省のデータによれば、大規模経営での1反(約300坪)の耕作時間は年間およそ23時間。チバニアン兼業農学校の生徒の実例で見ても、おおよそ30時間で1反の米を栽培できています。週末1日で十分こなせる作業量です。それでいて、収穫は約500キロ。1人が1年に食べる米は、せいぜい50キロほど。1反あれば、家族10年分の主食がまかなえます。親戚に配っても、まだ余る。販売で大きく稼ぐ作物ではありません。でも、自給自足の安心感としては、これ以上ない作物です。食費の不安が、根本から消えます。

販路は、足元から広げていきます。最初のお客さんは、職場の同僚や取引先、SNSでつながった知人。50代までに築いた人間関係が、最初の数人を連れてきてくれます。そこから、口コミで広がっていきます。少ない時間と、小さな農地で、単価の高いものを売る。そして、足元の主食は自分で確保する。これが、兼業の勝ち筋です。そして、ここで育てたものは、その年の収入で終わりません。もっと先までつながっていきます。

第7章 里山年金という設計図

「里山年金」とは、チバニアン兼業農学校の校長が提唱する考え方で、里山に眠る様々な資源を活用し、年金のように継続的に収益化していく仕組みのことです。畑、果樹、薬用作物、田んぼ、空き家、地域の人間関係。一つひとつは小さくても、組み合わせれば、定年後の暮らしを支えるもう一つの収入の柱になります。50代から始める兼業就農は、この里山年金を育てていくプロセスそのものです。

なぜ、里山年金という発想が必要なのか。理由は、定年後の時間とお金の現実にあります。公的年金だけで、ゆとりある老後を送るのは難しい。かといって、60代から新しいことを一から始めるのは、体力的にも精神的にも厳しい。ところが、50代のうちに畑を始めていれば、話が変わります。定年を迎える頃には、すでに10年近い経験がある。畑も、販路も、地元の人間関係も、すべて育っています。定年は「ゼロからの再スタート」ではなく「これまでの延長」になります。

50代で兼業就農を始めた方が、60代でどうなるか。本業を退いた後も、これまで通り畑に通う。時間が増えた分、作付けを少し広げる。果樹は実をつけ続け、薬用作物は契約先に出荷され、米は家族と親戚の食卓を支える。複数の小さな収益と、現物の安心感が、年金にプラスされる。これが、里山年金の姿です。

数字としては大きくないかもしれません。でも、自分の手で動かして得たお金です。体を動かし、土を触り、人とつながりながら稼いだ収入。この感覚こそが、定年後の生きがいになります。お金以上の価値が、ここにあります。50代の今、小さく始める。定年後、それが里山年金になる。最初の一歩は、いつも今日です。

最後に

ここまで7章にわたって、移住なしで始める田舎暮らしと農業についてお伝えしてきました。仕事をやめずに、家族を動かさずに、首都圏と田舎の二拠点で農業に踏み出す道は、たしかにあります。その先には、里山年金という未来が待っています。チバニアン兼業農学校では、これまで498名の方が入学し、288名の方が実際の就農にたどり着いています。もう少し具体的に話を聞いてみたい方は、無料オンライン説明会にお越しください。

https://chibanian.info/

そこで、最初の一歩を一緒に考えましょう。

なぜ君は農家になれないのか ?
当校の特徴
入学案内