時間がない会社員の就農準備チェックリスト

「農業をやってみたい気持ちはある。でも平日は仕事で埋まっているし、土日も家の用事がある」
説明会でこう話される方は、本当に多いです。その状態のまま3年、5年と経ってしまったという方も、同じくらいいらっしゃいます。
ただ、実際に準備を進めた方が特別に暇だったわけではありません。多くは同じように働いている会社員です。違ったのは、使える時間の量ではなく、限られた時間を何に使ったかという順番でした。
この記事では、平日の夜と、月に1日だけの休日で進められる就農準備を、チェックリストの形で整理します。畑仕事の話はほとんど出てきません。準備の大半は、畑の外で決まるからです。
目次
「時間がない」で止まる人と、進む人の違い

就農準備でつまずくポイントには、はっきりとした傾向があります。
全国農業会議所・全国新規就農相談センターが2025年3月に公表した「新規就農者の就農実態に関する調査結果 令和6年度」では、新規参入者が就農時に苦労したこととして、多い順に「農地の確保」「資金の確保」「営農技術の習得」「住宅の確保」が挙げられています。一方で「相談窓口さがし」や「家族の了解」といった、準備のいちばん最初の段階に関する回答は比較的少なくなっています。
つまり、多くの人は入口では止まっていません。止まるのは、その先の農地と資金と技術という3点です。そしてこの3点は、いずれも「休日に畑で汗をかけば解決する」種類の課題ではありません。
農地は、探すものというより、情報が回ってくる場所に自分を置くことで見つかるものです。資金は、計画の形が決まってはじめて金融機関や公庫と話ができます。どちらも、平日の夜に少しずつ進められる性質の準備です。逆に言えば、ここを飛ばして「まず畑を借りよう」と動くと、時間だけが過ぎていきます。
チェックの前に決める、3つの前提

チェックリストに入る前に、決めておくと後の判断がぐっと速くなる前提が3つあります。ここが曖昧なままだと、集めた情報が全部「参考程度」で終わってしまいます。
前提1: 通える距離の上限を決める
自宅から車で何分までなら、月に何回通えるか。これを数字で決めます。片道90分の畑に週1回通うのと、片道40分の畑に週2回通うのでは、作れる作物も、続けられる年数も変わります。距離は後から変えられません。
前提2: 会社をやめる前提かどうかを決める
やめない前提で始めるのか、いずれやめるつもりなのか。どちらでも構いませんが、決めておかないと、使える制度も、選ぶ作物も、話をしに行く窓口も変わってきます。「まだ決められない」なら、「当面は続ける」で仮置きしておくほうが前に進みます。
前提3: 初年度に使える金額の上限を決める
貯金のうち、農業に回してよい金額の上限です。ここを決めずに機械や資材の情報を見ると、判断がぶれます。上限が決まっていれば、「この機械は今年は見送る」という判断が一瞬でできます。
平日の夜、30分でできる準備5項目

ここからがチェックリストです。すべて自宅で完結し、1項目あたり30分以内で終わります。
- 1. 候補の市町村を3つに絞る (15分)
地図アプリで自宅から前提1の時間内に行ける範囲を確認し、その中にある市町村名を3つ書き出します。ここから先の調べものは、すべてこの3つに限定します。 - 2. その市町村の農業委員会のページを開き、申請の締切日と総会の開催日をメモする (20分)
農地を借りたり買ったりするには、原則として農地法第3条の許可が必要で、これは農業委員会の総会で審議されます。総会はおおむね月1回です。 - 3. その市町村の「地域計画」と「目標地図」を確認する (30分)
2023年4月1日施行の改正農業経営基盤強化促進法により、市町村は2025年3月末までに地域計画を策定することとされました。地域計画には、おおむね10年後を見据えて1筆ごとの耕作予定者を示す「目標地図」が含まれます。自分が狙う地域の農地が、今後どう使われる想定になっているかがわかります。 - 4. 作りたい作物を3つ書き出し、種まきと収穫の時期を調べる (30分)
その時期に自分が休みを取れるかどうかを、手帳と突き合わせます。収穫期が繁忙期と重なる作物は、兼業では続きません。 - 5. 家族に「見学に行ってみたい」とだけ伝える (5分)
就農の相談ではなく、見学の相談です。この一言があるかないかで、半年後の進み方が変わります。
5項目すべて合わせても、2時間かかりません。平日の夜に1つずつ進めれば、1週間で終わります。
月に1日だけ空けてできる準備4項目

次は外に出る準備です。毎週ではなく、月に1日で構いません。ただし、その1日の使い方には順番があります。
- 1. 候補地域を実際に走ってみる (半日)
地図で見た印象と、現地の印象はかなり違います。坂の角度、道の幅、周りの畑の手入れ具合、水路の有無。ここで候補が1つに絞れることも珍しくありません。 - 2. その地域の直売所に行く (1時間)
何が並んでいて、いくらで売れているか。同じ野菜がいくつの生産者から出ているか。自分が作ろうとしている作物が、その地域で成立するかどうかの手がかりになります。 - 3. 市町村の農政担当窓口に行く (1時間)
電話でもメールでもなく、一度は顔を出しておくことをおすすめします。後ほど数字で示しますが、農地情報の出所として市町村はいちばん大きい存在です。 - 4. 実際に人が学んでいる場を見に行く (半日)
農学校でも、農業法人の研修でも、地域の勉強会でも構いません。すでに始めている人が、どんな顔で、どんな話をしているか。これは資料では絶対にわかりません。
ここで会社員が必ずぶつかるのが、3番目の窓口訪問です。市町村の農政担当も農業委員会事務局も、開いているのは平日の日中だけです。土日に走りに行く日と、窓口に行く日は、別々に確保する必要があります。有給を半日だけ取る、あるいは午前休を使って朝いちばんで窓口に行き、その足で候補地域を回る。実際に進んでいる方は、この1日の組み立てをかなり具体的に決めています。
この4つを、月に1日ずつ4か月かけて進めれば、半年経たずに候補地域と学び方の見当がつきます。
数字で見る、農地の情報は誰が持っているか

先ほどの調査には、農地の確保にあたって新規参入者がどこから情報を得たか、という項目があります。複数回答の結果は次の通りです。
- 市町村: 30.5%
- 研修先: 28.8%
- 農業委員会: 26.1%
- 親や兄弟、親類、知人: 25.2%
- 一般農家・農業法人: 20.6%
- 農協: 17.2%
- 農業普及指導センター: 7.0%
- 都道府県段階の就農相談窓口: 4.8%
- インターネット、SNS: 2.3%
- 不動産業者: 1.7%
この並びを見ると、農地探しという作業の性質がはっきりします。上位を占めているのは、市町村、研修先、農業委員会、そして人のつながりです。会社員が最も慣れている探し方、つまりインターネットで検索して不動産情報を見るという方法は、合わせても4%に届きません。
注目していただきたいのは、研修先が28.8%で2番目に来ている点です。研修は技術を習う場だと思われがちですが、実際には農地情報が集まる場所としても機能しています。どこで学ぶかを選ぶことは、どこで農地の話を聞けるかを選ぶことでもあります。
忙しい会社員にとって、これはむしろ朗報だと考えています。何十件も畑を見て回る時間がなくても、情報が集まる場所に月1回顔を出せば、必要な話は入ってくるからです。
チバニアン兼業農学校の授業の組み方も、この考え方に沿っています。1期は3か月で、現地での実習が15回、ZOOMでの講義が25回。現地は月2回から3回、講義はオンラインです。開催は1月から3月、5月から7月、9月から11月の年3期に分かれています。仕事を続けたまま通える形にしているのは、「休日を全部つぶさないと農業は学べない」という思い込みを外したかったからです。
役所には「時間割」がある

平日に動けない会社員が見落としやすいのが、農業委員会のスケジュールです。
農地の権利を動かすには農地法第3条の許可が必要で、その審議は農業委員会の総会で行われます。総会はおおむね月1回で、申請の締切はその前に設定されています。実際の運用は自治体によって異なりますが、公表されている例を挙げると次のようになります。
- 福岡県古賀市: 毎月25日締切、翌月10日前後の総会で審議 (標準処理期間は受理から21日間)
- 長野県松本市: 毎月15日17時15分締切、毎月末日前後の定例会で議決
- 埼玉県三芳町: 毎月10日締切 (12月は5日)、毎月25日の総会 (12月は20日)
- 大分県大分市: 毎月20日締切、翌月開催の定例総会で審議
締切を1日過ぎると、次の総会は1か月後です。書類に不備があれば、さらに1か月後になります。「来月から畑を始めよう」と思い立っても、手続きだけで2か月から3か月かかることは珍しくありません。
これは、悪い知らせではありません。逆算できるということです。来年の春作から始めたいなら、いつまでに農地の話がまとまっている必要があるか。そこから、今月やるべきことが決まります。
なお、2023年4月1日施行の改正農地法により、農地を取得する際の下限面積要件 (都府県50アール、北海道2ヘクタール) は撤廃されました。小さな面積から始める道は、以前より開けています。
このチェックでつまずきやすい3か所

実際にこのチェックリストを進めていただくと、多くの方が同じ場所で手が止まります。あらかじめお伝えしておきます。
つまずき1: 候補の市町村が絞れない
「どこがいいかわからないから絞れない」という状態です。ここは、正解を選ぼうとしないことです。前提1で決めた距離の中から、とりあえず3つ書く。走ってみれば必ず印象が変わりますし、変わってから絞り直せば済みます。
つまずき2: 窓口で何を聞けばいいかわからない
初めて農政担当の窓口に行くとき、多くの方が「農地はありますか」と聞いてしまいます。この聞き方だと、たいてい話が続きません。聞くべきは、「自分はこういう状況で、こういう作物を、この規模で考えている。この地域で始めるとしたら、まず何から手をつけるべきか」です。相手が答えやすい形にすると、情報の出方が変わります。
つまずき3: 調べるほど不安になる
これがいちばん多いかもしれません。制度も手続きも作物のことも、調べれば調べるほど「自分には無理では」と思えてきます。ただ、この不安は情報が足りないから起きるのではなく、情報が断片のままだから起きます。一度、実際にやっている人に順番を教えてもらうと、同じ情報が急に整理されます。
この3つは、どれも一人で読み進めて解消するタイプの詰まりではありません。無料オンライン説明会でお話ししているのも、まさにこの3か所です。候補地域の絞り方、窓口での話の切り出し方、そして農地の話がどういう経路で回ってくるのか。60分あれば、断片だった情報が一本の線につながります。
今日からできる3つのこと

読み終えたあと、今日のうちにできることを3つだけ挙げます。
- 紙に3行だけ書く。通える時間の上限、会社をやめるかどうか、初年度に使える金額。この3つを数字と言葉で決めてしまいます。5分で終わります。
- 候補の市町村を3つ書き出し、その農業委員会のページをブックマークする。申請の締切日と総会の日付を手帳に書き写せば、逆算の起点ができます。
- 次の1か月で、どの休日を1日空けるか決める。日付を先に決めてしまうほうが、確実に空きます。
まとめ

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日お伝えしたかったのは、就農準備の多くは畑の外で進むということ、そしてその部分は、平日の夜と月1日の休日で十分に届く範囲にあるということです。
農地の情報は、検索では出てきません。市町村と農業委員会、そして研修先と人のつながりから入ってきます。役所には月1回の時間割があり、そこから逆算すれば、今月やることは自然に決まります。時間が足りないのではなく、順番が見えていないだけ、ということが多いのです。
とはいえ、今すぐ何かを決めなくて大丈夫です。会社をやめるかどうかも、どこで始めるかも、今日答えを出す必要はありません。
ただ、ひとつだけ。「窓口で何を聞けばいいか」「農地の話はどうやって回ってくるのか」という部分は、読んで調べるよりも、直接聞いてしまったほうが早い種類のものです。無料オンライン説明会では、その順番の話をしています。ご自宅から60分、カメラをオフにしたままでも構いません。情報を集める1回として、使っていただければと思います。
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