定年後、夫婦2人で50ha、1500万を狙えるか?田んぼに水を張らない稲作、乾田直播の視察レポート

目次
「水田」ではなく「畑」で米を作る衝撃

案内された圃場に足を踏み入れてまず驚いたのは、長靴ではなくスニーカーのままで入れたことです。
傾斜地にあるその圃場は、元々は牧草地で、その後ネギを作っていた「完全な畑」。水など張れるような環境ではありません。しかし、足を踏み入れると土がフカフカと柔らかく、見事な団粒構造ができていました。
品種は陸稲(オカボ)ではなく「水稲」
作付けされているのは「大粒ダイヤ」などの普通水稲。乾田直播にすることで種から直根が深く、そして横へ力強く張り、茎が極めて太く育つため、台風でも倒伏しません。
初年度は1.5俵、現在は7~8俵
土ができていない初年度こそ収量は低迷したものの、適切な土づくりを進めた結果、水なしの畑地でも7~8俵の水準まで収量が安定しています。
猛暑時の水管理の真実
気温35度を超える猛暑期に深水管理をすると、田面温度は40度~45度近くまで跳ね上がり、「根を湯たんぽで煮る」状態になって根腐れを起こします。あえて浅水や乾田状態を保つことで、気化熱により地温を下げ、夜温を落として健全な根を守るのが科学的なアプローチです。
「足し算」をやめ「引き算」で下げる生産原価

一般的な水稲作は「秋起こし」「春起こし」「荒代かき」「植代かき」と、田植えまでに何度も重機で圃場に入ります。さらに育苗資材、化成肥料、農薬と、工程を積み上げる「足し算の農業」になりがちです。
視察先では、春にロータリーを浅く(7cm程度)かけながら播種機で種を落とし、鎮圧するだけで初期作業が完了します。田植機はすでに売却済み。代かきもしません。
10aあたりの生産原価は6,000円~7,000円台
一般的に3ha未満の規模では、10aあたりの生産費が2万~2万5,000円かかると言われます。作業工程と投入資材を極限まで引くことで、原価を3分の1以下に圧縮しています。
米価が下がっても確実に利益が残る
仮に米の取引価格が1俵1万2,000円前後に下落しても、原価が低いため手元に十分な利益が残ります。「いかにたくさん獲るか(収量至上主義)」ではなく、「いかに手元にお金を残すか」という視点への転換です。
土づくりとバイオスティミュラント(BS資材)の活用

「化成肥料を使わず、農薬も初期の除草剤以外は使わない」と聞くと、非科学的な手法を連想するかもしれません。しかし、現場で行われていたのは極めて論理的な土壌物理性と微生物のコントロールでした。
堆肥は10aあたりわずか100kg
投入するのは豚糞堆肥やシイタケの廃菌床堆肥など。一般的な「反当り1トン」といった過剰投入はしません。微生物が活発に活動し、50度~60度以上の発酵熱を出している「中熟~完熟初期」の良質な堆肥を少量入れることで、土中の菌根菌ネットワークを起動させます。
化成肥料を入れないから虫が来ない
化学窒素肥料を大量に投入すると、作物体内に硝酸態窒素が過剰に蓄積し、それが害虫(カメムシ等)を引き寄せる原因になります。葉や茎を硬くするためにケイ酸(シリカ)を効かせ、天敵(テントウムシ等)が共生する環境を作ることで、カメムシ用の殺虫剤防除も不要になっています。
高価な資材に頼らない知恵
市販のバイオスティミュラント資材やフルボ酸には非常に高価なものもありますが、ビール酵母粕(適度な酸化ストレスで発根を爆発的に促す)を活用するなど、安価で確かなエビデンスのある単体資材を見極めて組み合わせています。
農繁期をずらし、機械代を抑える

兼業・副業として農業に関わる場合、春の数週間に作業が集中する従来体系は極めて過酷です。
播種時期は3月から7月まで分散可能
積算温度の計算と事前の種もみ処理(鳩胸状態までの催芽や発根促進処理)を組み合わせることで、春先に集中しがちな播種作業を大幅に分散できます。8月の酷暑期に出穂ピークが重ならない作期を設計し、作業の平準化を図ります。
高額な新品農機は買わない
70馬力のトラクターを新車で買えば1,000万円を超え、大型コンバインも1,500万円クラスです。これからの離農増加に伴い中古市場に出てくる良質な農機(30~35馬力クラス等)を狙う、日常のメンテナンスは自力で行う、あるいは収穫・乾燥作業は地域で受託している先へ外注するなど、「固定費を持たない工夫」が重要になります。
「高収益作物」の罠と、出口(実需)直結の販売

行政や教科書が勧める「高収益作物(ネギや葉物野菜など)」についても、現場の実感のこもった指摘がありました。
高収益ではなく「高売上」にすぎない
ネギや葉物は売上こそ大きく見えますが、毎日の管理や膨大な除草作業に追われ、人件費と手間に食われて最終的な手残り(利益)がほとんど残りません。
額面ではなく「手取り」を計算する
出荷伝票の見た目の金額が高くても、検査料、保管料、農協手数料、そして運賃を引かれたら実際の手取りはいくら残るのか。「誰が物流費を負担する契約なのか」をシビアに見極める必要があります。
実需者と組んでから作る
食用米の国内消費が減少するなか、代替肉原料(マイコプロテイン用米)や米粉用米、飼料用米など、出口(実需者)と事前に数量・価格を取り決めてから作付けする手法が最もリスクを抑えられます。
自律型農業に必要な視点と、校長からの感想

今回の視察を通じて痛感したのは、「農業は、現場でがむしゃらに汗を流す前に、徹底的な情報収集と引き算の経営設計を行う知的産業である」ということです。
- 周囲の慣習や教科書を鵜呑みにせず、科学的根拠(エビデンス)を確かめる
- 機械や資材を増やす「足し算」ではなく、不要な工程を削る「引き算」を徹底する
- 作る前に、誰にいくらの手取りで売るのかという「出口」を確保する
水が引けない土地や荒れた耕作放棄地であっても、土壌の仕組みを理解し、適切な品種と技術を選定すれば、低コストで持続可能な農業が十分に成立します。これから就農や規模拡大、あるいは兼業での営農を検討している方にとって、非常に示唆に富む視察となりました。
今回の視察で特に感じたのは、乾田直播による省力化が進めば、将来的に規模を大きくしていくことも現実的な選択肢になるという点です。空いた労力と時間を活かし、ソーラーシェアリングなど他の収益源を重ねていくことで、定年後であっても取り組める営農モデルになるのではないかと思われます。
今回は福島県郡山市まで足を運びましたが、片道5時間の道のりは正直に言って大変でした。それでも現地で見た土づくりと経営の考え方には得るものが多く、チバニアン兼業農学校の栽培事例として今後取り入れていく予定です。
2人で50ha、反収3万円なら粗利1500万円も無理のない目標
今回の体系を仮に2人で50ha(500反)まで広げ、反収3万円を確保できたとすると、粗利は3万円×500反で1500万円という計算になります。数年かけて技術と経営の経験を積み、定年後にこれを本業化するのであれば、無理なく目指せる規模ではないかと感じました。
まとめ

乾田直播は、水を張らずに土そのものの力で稲を育てる技術であり、10aあたり6,000円台という低い生産原価と、機械代・農繁期の負担を抑える兼業向きの体系を両立させていました。
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