50代から農業を始めると人生がもう一度おもしろくなる理由

50代になって、こんなことを感じたことはないでしょうか。

「昔ほど、何かにワクワクしなくなった」
「欲しいものが少なくなった」
「旅行に行っても、以前ほど感動しない」
「毎日はそれなりに幸せだけれど、何か物足りない」

チバニアン兼業農学校の校長をしている私も、50代になって、まさに同じことを感じています。そして調べてみると、これは単なる気の持ちようだけで片づけられる話ではありませんでした。

幸福度は50歳前後でいったん底を迎える

幸福と年齢の関係については「幸福度のU字カーブ」と呼ばれる研究があります。

米ダートマス大学の経済学者David G. Blanchflowerは、145か国(うち途上国109か国)の調査データを使い、70歳未満の人を対象に、学歴・婚姻状況・就業状況などの条件をそろえて分析しました。その結果、主観的な幸福度は中年期に低くなり、谷はおおむね50歳前後に現れると報告しています(Journal of Population Economics、2021年)。論文が示した国別の値では、日本の谷はちょうど50歳でした。

ただし、これは集団の平均的な傾向です。「50代になれば誰でも不幸になる」という意味ではありません。

もう一つ見逃せないのは、幸福度がそのまま下がり続けるわけではない点です。従来のU字カーブ研究では、中年期を底として、その後は再び上昇する傾向が観察されてきました。なお、同じBlanchflowerらは2025年の論文で、近年は若い世代のメンタルヘルス悪化によって、このU字の形が世界的に見えにくくなっているとも報告しています。年齢と幸福の関係は、今も研究が続いているテーマです。

日本では50代の自殺死亡率が最も高い

日本については、無視できないデータもあります。

厚生労働省と警察庁が2026年3月27日に公表した「令和7年中における自殺の状況」によると、2025年(令和7年)の自殺者数は19,188人。そのうち50~59歳は3,743人で、年代別で最も多い数でした。人口10万人当たりの自殺死亡率も、50~59歳が20.3と全年齢階級の中で最も高い値です。

もちろん、「幸福度が低いから自殺が増える」と直接結びつけることはできません。同じ資料も、自殺の多くは多様で複合的な原因や背景を持つと注記しています。健康、経済、勤務、人間関係、家庭など、いくつもの要因が重なって起きるものです。

それでも少なくとも、50代が仕事や家庭、健康、これからの人生について、さまざまな課題と向き合う時期であることは、頭の片隅に置いておきたい事実です。

もし今、つらい気持ちを抱えている方がいれば、一人で抱え込まずに相談してください。厚生労働省のWebサイト「まもろうよ こころ」で、電話やSNSの相談窓口を探すことができます。

50代になると「初めて」が減っていく

20代、30代を振り返ってみると、人生にはたくさんの「初めて」がありました。

初めての就職。
初めての給料。
結婚。
子育て。
家を買う。
初めて行く場所。
初めて経験する仕事。

ところが50代になると、多くのことをすでに経験しています。仕事にも慣れ、生活のパターンもある程度決まり、以前ほど「初めて」に出会わなくなる人も多いでしょう。

ただし、「初めての経験が減ることが、50代の幸福度低下の原因だ」と直接証明されているわけではありません。ここは、研究でわかっていることと、私の実感とを分けて考えておきます。

年齢とともに「幸せの基準」も変わっていく

ここで興味深いのが、米スタンフォード大学の心理学者Laura L. Carstensenらが研究してきた「社会情動的選択性理論」です。

この理論では、人は残された時間を有限だと意識するようになると、知識を増やしたり可能性を広げたりすることよりも、「今、自分にとって意味のあること」「気持ちが満たされること」を重視するようになると考えます。Carstensenらは2003年の論文で、年齢とともに人生から感情的な意味を得ようとする動機が強まり、視野を広げようとする動機は弱まっていくと論じています。

若い頃の幸せが、
「もっと成功したい」
「もっと稼ぎたい」
「もっと遠くへ行きたい」
だったとすれば、年齢を重ねてからの幸せは、少し違う形をしているのではないでしょうか。

温かい風呂に入って「ああ、気持ちいいな」と思う。
焚き火の炎をぼんやり眺める。
自分で植えた小さな苗から芽が出る。
春に植えた野菜が少しずつ大きくなる。
そして、自分で育てたものを収穫して食べる。

若い頃に求めていた刺激とは違います。私はこれを「優しい幸せ」と呼んでいます。

校長の私自身も、50代になって感じること

以前の私は、「もっといろいろな店へ食べに行きたい」「仲間と居酒屋で集まって騒ぎたい」「もっと旅行に行きたい」「いろいろな人と集まって何かをしたい」という気持ちが、今よりずっと強くありました。

ところが年齢を重ねるにつれて、そうした欲求が少しずつ弱くなってきたのを感じます。

人生に絶望しているわけでは全くありません。毎日の生活が嫌になったわけでもありません。ただ、ふとしたときに「あれ、おかしいな」と思うことがあります。以前なら楽しみにしていたことに、昔ほど強く心が動かなくなっている自分に気づくのです。

だからこそ、50代の幸福度の研究を知ったとき、とても興味を持ちました。「これは統計の中だけの話ではなく、自分自身にも起きていることだ」と感じたからです。

一方で最近は、昔とは違う種類の幸せも感じます。近所のスーパー銭湯で、温かい湯につかりながらゆっくりすること。炎のゆらめきをぼんやり眺めること。そして畑に行って、自分が植えた作物が先週より少し大きくなっているのを見ること。

派手ではありません。でも、こういう時間が妙に心地いい。若い頃のような強い刺激とは違う、静かでゆっくりとした「優しい幸せ」です。

余談ですが、今日、生徒と草刈をやっていて、近所のおばあちゃんの場所もやっていると、小遣いといって5000円頂きました。そういう小さな心遣いに、にじんでくるような幸せを感じました。また生徒も手伝ってくれたので、全額渡して、自分もよいことができたのではないかと思います。こういう機会が、農業をやっていて感じられる優しい幸せなのかもしれません。

農業には「初めて」と「優しい幸せ」が同居している

農業をしていると、この「優しい幸せ」を日常の中で何度も味わえます。自分で植えたものから芽が出る。少しずつ大きくなる。やがて収穫できる。「ちゃんと育ったな」と思う。派手な喜びではありませんが、不思議とうれしいものです。

同時に、農業には知らなかったこと、やったことのないことが次々と出てきます。都会で長く働いてきた人にとって、農業は意外なほど「初めて」の連続です。

初めて土を耕す。
初めて種をまく。
初めて自分の畑を持つ。
初めて農家になる。
初めて米を作る。
初めて収穫した野菜を家族で食べる。

50代になって少なくなっていた「初めて」が、農業の世界に入った途端、もう一度現れます。しかも農業にあるのは、強烈な刺激ばかりではありません。風が吹く。土に触れる。鳥の声が聞こえる。作物が少し大きくなっている。夕方になれば日が沈む。そんな小さな変化が、行くたびにあります。

つまり、50代になって減ってきた「初めて」と、年齢を重ねて感じやすくなった「優しい幸せ」が、農業の中では同時に存在しているのです。私が農業を面白いと感じる理由の一つは、まさにそこにあります。

園芸と幸福感の関係については研究もあります。2024年に学術誌Systematic Reviewsに掲載されたアンブレラレビュー(既存の系統的レビューをさらにまとめた研究)は、40本のレビューを統合し、園芸や園芸療法がウェルビーイングにプラスに働くと報告しました。メタ分析での効果量は0.55です。

ただし、結果のばらつきの88.5%が研究ごとの違いによるもので、統合されたレビューの約7割(29本)は質が「極めて低い」と評価されています。著者自身も、現時点では強い推奨はできないと結論づけています。「農業をすれば誰でも幸せになる」とまでは言えない、というのが正確なところです。

会社をやめなくても、農業は始められる

「でも、農業を始めるなら会社をやめないといけないのでは」と思った方もいるでしょう。

チバニアン兼業農学校は、首都圏で働く会社員が、仕事を続けながら農業を学ぶための学校です。2026年9月時点で累計507名が入学し、308名が就農しています。受講生の中心は、この記事で取り上げてきた50代です。

私たちが大切にしている言葉があります。「やめるんじゃない。増やすんです。」農業は、今の仕事や暮らしから逃げるための選択肢ではありません。今の人生に、新しい「初めて」と「優しい幸せ」を増やすための選択肢です。

もちろん、農業は簡単ではありません。草刈りは想像以上に大変ですし、農地を借りるまでには時間もかかります。だからこそ、一人で始めるより、仲間や先輩と一緒に始めるほうが続きます。

50代は、人生がつまらなくなる年代ではない

だから私は、50代を「人生がつまらなくなる年代」とは考えていません。むしろ、幸せの種類を変える時期なのだと思います。

競争する幸せから、味わう幸せへ。
手に入れる幸せから、育てる幸せへ。
遠くに探しに行く幸せから、目の前にある小さな変化を楽しむ幸せへ。

毎日が刺激的である必要はありません。畑へ行って、「おっ、先週より大きくなったな」。それだけで、ちょっとうれしい。収穫した野菜を家に持って帰って食べる。「自分で作ったから、なんとなくうまいな」。そんな程度でいいのだと思います。

50代からの人生で大事なのは、若い頃と同じ刺激を追い続けることではなく、新しい経験と「優しい幸せ」の両方を、暮らしの中にもう一度つくること。農業は、そのための一つの方法になり得ると、私は考えています。

よくある質問

Q. 幸福度のU字カーブは、すべての人に当てはまるのですか?

A. 当てはまるとは限りません。Blanchflower(2021年)の結果は、多数の人のデータから見た平均的な傾向です。個人の幸福度は、健康、仕事、家族関係などによって大きく変わります。また近年は、若い世代の幸福度の低下によってU字が見えにくくなっているという報告もあります。

Q. 農業をすれば、幸福度は上がりますか?

A. 2024年のアンブレラレビューでは、園芸や園芸療法とウェルビーイングの間にプラスの関係が報告されています。ただし、研究の質や結果のばらつきに課題があり、「必ず上がる」とは言えません。

Q. 会社員のまま農業を始めることはできますか?

A. できます。チバニアン兼業農学校では、会社員を続けながら農業を学び、農地の探し方や農業委員会への申請準備まで、兼業で農業を始める流れをお伝えしています。

参考資料

David G. Blanchflower, “Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries“, Journal of Population Economics, 34, 575-624, 2021.
David G. Blanchflower, Alex Bryson, Xiaowei Xu, “The declining mental health of the young and the global disappearance of the unhappiness hump shape in age“, PLOS ONE, 2025.
Laura L. Carstensen, Helene H. Fung, Susan T. Charles, “Socioemotional selectivity theory and the regulation of emotion in the second half of life“, Motivation and Emotion, 27, 103-123, 2003.
厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「令和7年中における自殺の状況」(2026年3月27日公表)
I. Panțiru, A. Ronaldson, N. Sima, A. Dregan, R. Sima, “The impact of gardening on well-being, mental health, and quality of life: an umbrella review and meta-analysis“, Systematic Reviews, 13, 45, 2024.

まとめ

幸福度は50歳前後で底を打つ傾向があり、日本では50代の自殺死亡率が全年代で最も高いというデータもあります。一方で、年齢を重ねると「今、意味のあること」に幸せを感じやすくなるという研究もあり、農業には50代で減りがちな「初めて」と、静かな「優しい幸せ」の両方があります。

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